スレッド:最近の学芸面令和8年1月14日
最近の学芸面令和8年1月14日 投稿者:波浪規定 投稿日:2026/01/16(Fri) 19:54:00 No.5512
『古今をちこち』(磯田道史)

『初詣は古代祭祀跡巡り』
初詣 投稿者:波浪規定 投稿日:2026/01/16(Fri) 20:22:00 No.5513
> 『初詣は古代祭祀跡巡り』

吉備の国・岡山生まれの私の初詣は変わっている。吉備の古代祭祀の跡地を巡礼して歩く。
まず卑弥呼や台与に会った可能性のある人の墓に行く。都月坂一号墳(前方後方墳・全長33メートル)だ。考古学的に重要な古墳で岡山大学的に重要な古墳で岡山大学の裏山にある。冬至の朝、この古墳からは、標高800メートル級の小豆島の頂上部から太陽が出てくる。その方向には金蔵山古墳(前方後円墳・同165メートル)という西暦400年頃の吉備の王墓がみえる。まず、ここから小豆島と金蔵山に向かって天下泰平・五穀豊穣を祈る。
次に、神宮寺山古墳(前方後円墳・同150メートル)に行く。これも吉備の王墓で金蔵山とほぼ同時期の古墳だ。吉備の王は、ヤマトの「大王」とともに、日本列島の統一戦争を戦い、さらに朝鮮半島へ侵入していった可能性のある人物でもある。ヤマトタケルのモデルとなった人物と西に東に戦っていたのであろう。
神宮寺山古墳はその自分のヤマトの大王(天皇)の墓とされる奈良市の宝来山古墳(垂仁天皇陵)と形がにているとされる。似ているだけでなく、二つの古墳は170キロメートルも離れているのに緯度までほぼ同じである。誤差はわずか300メートルで、築造位置が正確に真東・真西の関係にある。神宮寺山からみると、備前車塚古墳(前方後方墳・同48メートル)がある稜線付近から夏至の日に太陽が出る。備前車塚古墳も卑弥呼から、そう遠くない時期の古墳だ。卑弥呼の墓とされる箸墓古墳のように前方部が三味線のバチのように開いた形をしている。三角縁神獣鏡が11面も出土した。考古学学者・小林行雄は、この古墳の王は邪馬台国の時代に日本列島の鏡の配分に関与した人物とした。画文帯神獣鏡1面に内行花文鏡1面という私には太陽が輝く形にみえる鏡も出ている。月の鏡が12面と日の鏡だろうか。
Re: 初詣 投稿者:波浪規定 投稿日:2026/01/16(Fri) 20:38:00 No.5514
> > 『初詣は古代祭祀跡巡り』
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神宮寺山古墳の前方部には百年ちょっと前にスペイン風邪で死んだ曾祖父の墓がある。この墓に向かって「疫病から守ってくれ」と、一年の健康を祈る。
初詣にはまだ先がある。神宮寺山古墳の前方部は津倉山古墳(前方後方墳・同45メートル)と、尾針神社の方に向かって伸びている。大体だが冬至の日没方向だ。やはり卑弥呼からそう遠くない時代に造られた津倉山古墳に登る。四国の山並みが見える。古墳を下り、山麓の尾針神社境内の磐座にお参りする。磐座は古代人が祭祀をした聖域だ。巨石がいくつも並んでいる。平安時代まで、神社に社殿があるのは稀であった。古い時代は、巨石や巨木に祈っていた。磐座の巨石には割れ目がある。毎年、体を清め、そこを通過してみる。新たに生まれ変わった気分になれる。
これで私の初詣は終わりである。家に帰ると、真東に向かって、もう一度、手を合わす。私の岡山の家は興福寺中金堂と奈良国立博物館と緯度が同じである。真東に向かって合掌すると、興福寺や奈良博の仏像たち全部にお参りできた気分になれる。
例年そうしてニンマリしたあと家に入って雑煮を食べている。

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