スレッド:最近の学芸面令和8年4月8日
最近の学芸面令和8年4月8日 投稿者:波浪規定 投稿日:2026/04/09(Thu) 18:33:00 No.5674
読売の学芸面は・・・

『古今をちこち』(磯田道史)

『「鉄の国」の神事と北緯34.5度線」
鉄の国 投稿者:波浪規定 投稿日:2026/04/09(Thu) 18:47:00 No.5675
> 『「鉄の国」の神事と北緯34.5度線」

私は子どもの時分から変わり者で、歴史のあとを訪ねたいばかりに、家を出ると、日が暮れても帰らず、親に心配をかけた。
私の故郷は岡山。羽柴秀吉が備中高松城を水攻めにした旧跡があり、台風が来ると城の周りが水浸しになる。小学生の私は、自転車で往復24キロの旅に出た。親は「道史は増水した川にでも落ちたか」と、警察に相談しかけた。
実際には溺れておらず、飲み水に困っていた。台風一過、猛暑の炎天だ。高松城が水田に浮かぶ風景は見られたものの帰路は渇きで死にそうになった。当時はコンビニもない。自動販売機で缶を買う金を忘れていた。困り果てたその先に、挿絵のように、吉備津神社の本殿が緑の中に輝いて見えた。オアシスだ!私は必死でペダルをこぎ、神社のトイレの蛇口に口をつけ、水を飲んで生き返った。
Re: 鉄の国 投稿者:波浪規定 投稿日:2026/04/09(Thu) 19:11:00 No.5676
> > 『「鉄の国」の神事と北緯34.5度線」
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吉備津神社は故郷の祖神様の社で、私はトイレの水を飲ませてもらった恩がある。この神社から講演の依頼があり御受けした。昔は岡山のあたりを吉備の国といった。奈良は「青丹よし」。吉備は「真金吹く」が枕詞。真金は鉄で中世まで吉備は製鉄の国であったから、そういう話をして欲しいと、講演会の世話人が言う。それで鉄の日本史もざっと話した。
現在、日本最古級の鉄器は約2300年前の弥生時代の物である。中国大陸で作られた鋳物の鉄斧を船で列島に運び入れたリサイクル品だ。西日本で出土する。最初は鉄斧の欠片を石で研いで刃にしていたが、200年たたぬ内に斧片を加熱加工する鍛冶が始まった。
古墳時代になり、鉄に強い関心を示したのが吉備の人々である。吉備は「鉄てい」という鉄の延べ棒を朝鮮半島から入手する独自ルートを持っていて、西暦400年頃は大いに栄えた。西暦500年代に入ると、吉備で砂鉄から鉄が作られはじめた。従来は大陸から斧や延べ棒など鉄材を輸入して形を加工するだけだったが、吉備で鉄器の完全国産化が始まったとされる。地元で砂鉄を取り木炭と交互に敷いてフイゴで空気を入れ「真金吹く」炉で溶かし、鉄材を製しはじめたのである。
Re^2: 鉄の国 投稿者:波浪規定 投稿日:2026/04/09(Thu) 19:27:00 No.5677
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吉備津神社には、製鉄を感じさせる祭りがある。鉄の大釜で吉凶を占う鳴釜神事が有名だが、松植といって正月五日に社後の「吉備の中山」に松を植える。中山は吉備の中心の神宿る山。製鉄には燃料の木の植林が欠かせない。太古の昔、祭神が瀬戸内海の鞆(広島県)の港から献上された松苗千本を中山に植えた故事による。
吉備は山で製鉄し海へ津出しした。吉備津神社とは吉備の港の社の意味である。神官の藤井高尚は旧暦三月に中山に登って小豆島を眺めたらしい。「海原の霞むいずこか小豆島 吉備の児島も波遠く見ゆ」という歌も遺る。
Re^3: 鉄の国 投稿者:波浪規定 投稿日:2026/04/09(Thu) 19:36:00 No.5678
> > > > 『「鉄の国」の神事と北緯34.5度線」
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小豆島は817メートルで近接の山を圧倒する標高である。島の中心は北緯34.5度。この緯度で真東に古代の重要遺跡が並ぶ。
弥生の鉄器作りの中心・五斗長垣内遺跡(淡路島)→弥生の巨大神殿・池上曽根遺跡(大阪府)→藤原京の大極殿→厩戸皇子の宮殿・上之宮遺跡(いずれも奈良県)→伊勢斎宮の離宮院(三重県)と直列している。
とりあえず「偶然」にしておきたいがロマンがある。いつか伊勢の二見浦から山口県阿武町の浜まで、この線上を旅してみたい。

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