スレッド:最近の学芸面令和8年5月19日
最近の学芸面令和8年5月19日 投稿者:波浪規定 投稿日:2026/05/21(Thu) 19:54:00 No.5801
『一休さんの実像に迫る』(文化部 多可政史)

室町時代の禅僧、一休宗純(1394〜1481)ゆかりの少林寺(滋賀県守山市)で近年、所蔵する史料の学術調査が進んでいる。
少林寺は一休が死去した頃、桐嶽紹鳳が開山した。交通の要衝である琵琶湖と中山道を擁し、延暦寺を始めとする多様な宗派の寺院が栄えた近江の禅宗古刹である少林寺には一休の肖像画や直筆の書などが多くあるが、史料の全体像は知られてこなかった。
昨年死去した先代の甲斐道清住職が生前、守山市に「地域の宝として後世に残したい」と相談したことを受け、2024年から所蔵史料約900点の全容を明らかにする調査が行われている。その中間報告として今年3月、「一休フォーラム」が開催され、歴史学や宗教学の専門家が史料の歴史的意義を開設した。
「とんち小僧」の印象が強い一休さんだが、直筆の書からは自身が会得した仏教の教えに対する強い自身がうかがえる。一休を後小松天皇の子とする説は根強く、そのためか寺には歴代天皇家の系図「王代記」なども伝わった。一休が尊敬する南宋の禅僧「虚堂智愚」の肖像画など、当時の日中交流関係を示す重要な史料もある。
Re: 最近の学芸面令和8年5月19日 投稿者:波浪規定 投稿日:2026/05/21(Thu) 20:04:00 No.5802
> 『一休さんの実像に迫る』(文化部 多可政史)

寺のルールである「法度」を書いた文書の裏には、「建武の新政」が行われた1334年の日記が書かれていることが判明。6月7日の条には、「天晴、今暁、天下有兵乱」などと、都の混乱を示す記述がみられる。後年の軍記物「梅松論」に、同日の「風聞」として後醍醐天皇の子の護良親王が足利尊氏を襲撃したとある。日記は都の事情に詳しい人物によるものとみられ、梅松論の記述を裏付ける同時代史料として貴重だ。
調査にあたる芳澤元・明星大准教授(日本中世史)は「一休は世間のことを『十字街頭』と表現したように、まさに当時の守山は繁栄と戦乱が交差する地域だった。史料から、一休の実像に加え、中近世の様々な歴史的事象が読み取れる」と期待する。調査報告書は今年度末に刊行される予定だ。

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